TBSテレビ日曜劇場「御上先生」

トライアーティストの竹内鉄平です。
皆さん、見ていますか?TBSテレビ日曜劇場「御上先生」。
日曜劇場『御上先生』|TBSテレビ

文科省のエリート官僚が高3の担任教師に! “官僚教師”が行う独自の授業とは!?
令和の18歳と共に日本教育に蔓延る腐った権力へ立ち向かう大逆転教育再生ストーリー!
松阪桃李が日曜劇場初主演となる連続テレビドラマで、現在3話まで放送されていますが、めちゃくちゃ面白いんで、まだ見ていない人は追いついてもらってぜひリアタイ(リアルタイム視聴)しましょう。あらすじを簡単にご紹介します。(過去話についてはU-NEXTでのみ配信されています。)
あらすじ
東大卒のエリート文科省官僚の御上孝(松坂桃李)。とある出来事を機に「日本の教育を変えてやろう」と文科省官僚になった御上だが、現実はほど遠いものだと気づく。「考える」力を身につけるための教育改革も名ばかりで、日本の中枢は改革どころか、自分たちの保身ばかりを考えている。さらには子供たちが未来を夢見る教育現場までも、大人の権力争いの道具に成り下がっていることに気づいていく。
そんな中、新たに設けられた官僚派遣制度によって御上に私立高校への出向が命じられる。実質、エリート官僚にくだされた左遷人事。しかし御上は、制度を作っている側にいても変えられない、ならば現場から声をあげ、制度の内部からぶっ壊せばいいと自ら教壇に立ち、令和の時代を生きる18歳の高校生を導きながら、権力に立ち向かっていく。<公式サイトより>
脚本は、映画『新聞記者』(2019年)では日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞した詩森ろば。社会問題をテーマにした作品に定評があります。
御上のいう「闇」とは?
天下りあっせん疑惑の責任を取らされ(トカゲの尻尾切り)、文部科学省から東大進学率トップの私立高校・隣徳学院に教師として派遣された東大卒のエリート官僚・御上孝。ジャーナリスト志望の生徒がスクープとして御上の記事を書いて学校中に配るが、それに対して御上は大部分は事実であることを告げた上で、以下のように述べます。
「そんな簡単に見えるものを闇とは呼ばない」
「言ったよね、ほんとうの闇を見たければ僕を手放すなと」

そして、生徒たちに、君たちは自分たちのことを「エリート」と勘違いしていないか?ただの「上級国民予備軍」であると切り捨てます。「エリート」とは、ラテン語で「神に選ばれた者」という意味であり、真のエリートとは、「自らを律し弱者に寄り添う存在」であると。
ストーリーを一部紹介すると、学校内の教育問題にとどまらず、ドラマ冒頭の国家公務員採用試験の会場での殺人事件、御上の高校生時代におきた大切な人の自死事件、さらには文科省の官僚と政治家、学校法人とのズブズブの関係、現在世間を賑わしている女性蔑視問題、貧困や格差社会など、現代社会が抱えるまさに「闇」の部分をテーマの主題として取り込んでいます。
学園を舞台にしながら、「官僚」の世界の闇を描くという意味で、まったく新しい切り口であり、果たしてどこまでの深さまで「闇」に切り込んでくれるのか?楽しみです。
過去の日曜劇場では、「VIVANT」が面白かったですが、それを超えるドラマではないかと思います。1話から多くの伏線がちりばめられており、目が離せません。また生徒役の俳優たちの演技にも注目です。

「Personal is political(パーソナル・イズ・ポリティカル)」
ドラマの中で、「Personal is political(パーソナル・イズ・ポリティカル)」という言葉が度々登場します。「個人的なことは政治的なこと」という意味で、個人的な経験と、それより大きな社会および政治構造との関係を明らかにしようとする言葉です。
私たちは貧困や格差の拡大などを、「個人の問題」として捉えがちですが、現在社会に蔓延る様々な社会問題の多くは、政治的な要因に端を発するものがほとんどです。
「政府の借金」を「日本国民の借金」と国民に刷り込み、意味のない財政赤字の均衡(プライマリーバランス)のためという名目で増税をしまくり、物価・金利を上昇させ、取りすぎた税金は決して返さず国民の貧困化を推進する恐怖の「財務省」。

新型コロナ騒動では、打つ必要のない有害性のある遺伝子製剤を任意といいつつも世論誘導で半強制的に国民の8割に打たせ、この4年間で60万人を超える超過死亡を出しても知らぬ存ぜぬ、日本を新薬の治験場として外資に売り渡している悪魔の「厚労省」。

2023年に発足して、約5兆円かけて子育て支援・少子化対策に取り組んだはずが、逆に統計を開始した1899年以降、異次元の少子化を成し遂げてしまった無能な「こども家庭庁」。更に2024年の子ども(市小中高生)の自殺者数は527人(前年比14人増)と、統計を取り始めた1980年以降で過去最多。2025年は年間7兆3270億円(新生児1名につき1000万円配れる)の予算概算要求が提出されています。
他にも、「マイナンバー制度」、「LGBT法」、「選択的夫婦別姓」「グリーンニューディール(再生可能エネルギー)政策」、「外国人優遇政策」、誰にも求められていない「大阪万博」などなど、すべてが「利権」に繋がる無駄な支出を減らそうとせず、自分たちには利益誘導、公金チューチュービジネスで裏金作り(マネーロンダリング)に勤しむ政治家や官僚たち。
それを糾弾しなければいけないメディアは、権力に忖度しまくりで、日本の報道の自由度ランキングは、70位と主要7か国(G7)中で最下位。アメリカを中心に世界的にSNSの規制が緩和される中、なぜか?デマ・誹謗中傷対策を名目に、SNS規制の風潮を強めつつある政府とオールドメディア。
なぜ?日本は…いったい誰が?こんな国にしてしまったのでしょうか?
中学校の学習指導要領を読んでみた。
江戸時代であれば、確実に「一揆」が起こっていたであろう、どう考えてもおかしいぞと思う数々の「政治的な過ち」「国の失策」を、我々はここまで見過ごし、甘んじて受け入れてきてしまったのでしょうか?
その原因は、やはり「教育」にあると思います。ドラマの中でも出てきていた中学校の学習指導要領(第1章総則「第1中学校教育の基本と教育課程の役割」)には、以下のように書かれれています。
・「生きる力」を育むことを目指す。
・ 課題を解決するために必要な「思考力、判断力、表現力等」を育む。
・「主体的に」学習に取り組む態度を養う。
・「個性を生かし」多様な人々との協働を促す教育の充実に努める。

素晴らしいことが書かれていますが、実際の現場ではどうでしょうか?
現場で指導されている教職員の皆様には尊敬の念しかありませんが、実際には、保護者や生徒から求められるのは、受験に向けて、「求められる答え」=「正解」をいかに早く導き出すか?の暗記重視、偏差値重視の教育、そのためのスキルを磨く場所になってしまっていると、自分の経験からも感じます。
「生きる力」を育むために大切なのは「正解のない問いについて、自分の頭でじっくりと考える時間」であり「異なる考え方を持つ人同士がお互いの意見を議論しあう時間」であると自分は思います。
そもそも「御上(おかみ)」=「先生・国」が言っていることが、すべて正しいなんてことはあり得ません。現状の国の政策を見ても分かる通り、当然、間違えることもあります。自分で「答え」を導き出すためには、国やメディアの言うこと100%鵜吞みにせずに、自分の目や耳できちんと情報を収集して議論をし、それをもとに思考を巡らせる必要があります。
政府与党が今まさに行おうとしているSNS規制などせずとも、自分の頭で考え判断できる人間であれば、マスメディアの世論誘導はもちろん、ネット上のデマに踊らされることなどあり得ません。自分を含めて、現在の日本人を見ていると、これまでの日本の戦後教育の本質は、為政者にとって都合の良い、思考停止した従順な羊を育ててるためのものだったのでは?と邪推してしまいます。
「教育」を変えなければ、「日本」は変わらない。
今、教育に必要なのは小手先の「改革(reform)」ではなく、「再構築(rebuild)」であるとこのドラマで「御上先生」は訴えています。「教育」を変えなければ「日本」は変わらないのです。
今まさに青春時代を過ごしている中高生から、戦後教育で育ってきた自分たちのような大人まで、今の日本はおかしい、変えたい、と思っている人に、今だからこそ見て欲しいドラマです。また、オールドメディアの中にあって、このような気概のあるドラマを世に送り出した製作チームに拍手を送りたいと思います。
御上先生が、令和の18歳の生徒たちとどういった結末を迎えるのか?引き続きウォッチしていきたいと思います。

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